
福井日銀危険な素顔
株式市場の時価総額は二〇〇兆円から三〇〇兆円もあるのだから、一兆円や二兆円株を買い取っても株価を刺激することはできない。監視する立場にいた最高責任者が直接日銀にきたということは、日本がGHQに占領されたように、日銀速水体制が政策の失敗続きで敗北し財務省に占領されたのと同じ構図だろう。
つまり、福井さんが予期せぬ事態に遭遇して辞めて、松下さんの残りの期問が九九年一二月までだったので、三重野・福井の計画では速水さんの任期はそこまでだったのです。三重野さんと福井さんがショ-トリリーフ役に速水さんを選んだのは、速水さんは三重野さんと同年齢で、従来の日銀総裁よりも年輩だったので、短期間の総裁には適任者だったのです。
戦後日本の頂点に君臨した一万田さんはドイツで米国金融財閥とのかかわり方を勉強し、その視点にたって後輩のプリンスたちを育ててきた。 そこで、日銀の歴史は長いから、総裁の任期は本来五年だが、この総裁の任期は九九年一二月までだということを理解してもらったうえで、速水さんに頼むという話し合いがあったと思う。
小泉総理が福井新体制の副総裁人事を固めた段階で、日銀の独立性がなくなるとか、日銀が財務省や政治家に操作されるようになるといった内容の記事が新聞などにも掲載されていた。
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